バイクとバイクツーリングの世界に惹かれた、リターンライダーです。 DUCATI Multistrada 1200
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早朝にフェリーが到着した。
夏とはいえ北国の朝はひんやりとしている。
まだ人気のない市街地へ入る。
寂しい交差点の信号機待ちを何回かこなし、次第に建物の乱立した風景から遠ざかっていく。

港のある町をあとにして、左手に海を見ながら東へと進む。

都会へ通じる道とは少し外れた経路を選択する。

この付近にはこれでもかと思うほど狭い海水浴場があるらしい。
うわさでは、砂浜の巾が数メートルとか・・・。ながさは知る由もない。

それでも地元の人たちは、この土地としては短い夏の季節を味わおうとして競って海へむかうと聞く。

5号線から337号線、231号線へと連絡し、目に入ってくる景色が次第に郊外のものへと変化していく。
それにしても広い道路だ。

歌の歌詞や鍋の名前にもなっている市を通過する。
漁師の町というイメージがあったが、結構な街である。
大きな川もシンボルなのだろう。

231号線を北上する。
厚田村のへんからは、だんだんと小説にある雰囲気がかもし出されてくる。
海と、アスファルト以外は伝えるものが何もない場所。

本を読むのは嫌いではないが、すぐに眠くなる。
なので、面白い本がよい。
ということは、小説となる。

読むのは速いほうではないので、限られた時間の中でたくさんの本は読めない。

だから、厳選したものを手にしたい。

直木賞受賞作なら、はずれは少ないだろう。という安易な理由から、
受賞作のミステリー小説がほとんどになる。

1999年の作品 桐野夏生の『柔らかな頬』である。
読み出したら止まらない。こんなに次のページが待ち遠しい作品はそう多くはない。

主人公の女性であるカスミの生まれ故郷が、北海道の留萌市と羽幌町の間にある”喜来村”という寂しい村の設定である。

”喜来村”は地図をみる限りでは目につかない。架空の村だと思われる。
位置的には小平(おびら)町か、苫前(とままえ)町のへんになる。
ストーリーの中に”・・・学校の屋上にあるペット霊園・・・”のくだりがある。
学校があるとなると、小平町のほうが近いかなと想像するのが精一杯である。

「これから冬に向かう海は荒れている。左側に雄冬岬。右は稚内まで続くまっすぐな海岸線。
・・・・中略・・・・ この海を見て一生を終えるのなら、死んだほうがましだと子供心にも思った。・・・」

主人公のカスミが故郷を思い、語る一説の引用である。

地元の人がみると決してよい気分にはならない表現であろう。
はたまた、そのとおりだと共感して物語を裏づけてしまうのだろうか。

夏の季節にツーリングを楽しんでいるわたしには”これほど”までには感じなかったが、
確かに寂しい光景ではある。

海岸線沿いを南北に走る232号線は、”天売国道”や”オロロンライン”と呼ばれ、サロベツ原野を経由して、
稚内に通じる主要道路である。
夏は海水浴客で道路は混雑するらしい。

主人公をつくりあげた”村”をこの地に見たので、桐野夏生はここを選んだのだろう。
でも、もともとどういう機会があって、桐野夏生はここに来たのだろうかと考えてしまう。
それほど特筆のない町である。

活字は自分の想像の範囲で場面々が浮かぶ。
テレビや映画のように”映像”があるとイメージが固定されてしまう。

文章、行間を含めて”脳裏の映像”を抱きながら、映像にも勝る”現場”をみる。
そして、そのふたつを融合させてそのとき、その場だけの”場面”ができる。

ツーリング途中の、ちょっとしたお遊びというところでしょうか。
北海道に行く際の、ささやかな楽しみのうちに入れていました。

テレビや映画もよし、本もよし。
数々のフィクション、ノンフィクションがあふれる昨今。

バイクで自宅を出発し、数日後には無事帰宅する。
ここにもまた、自分だけの短いドラマが存在する。

原作、脚本、撮影、監督、観客、全てが本人ひとりである。
味わったのは鮮明な現実なのに、記録は輪郭がうつろな記憶にすぎない。

そんなうつろなドラマをみたいために、
また、地図をひろげる。
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BAJA、XJR250を駆り、自動二輪の世界を堪能していた時期。
青春を取り戻すがごとく短距離ツーリングをしていた頃だ。

日帰りツーリングは数知れずこなし、キャンプツーリングがしたいと感じていた。

当時、ツーリングの基本は下道(自動車道以外)だと思い込んでいた。

理由は、様々な景色を垣間見ることができる。そして、金銭面だ。

自動車道を使用すると、とにかくぶっ飛ばすことばかり考えて、
「空気を味わう」「町並みに肌で触れる」楽しみが無いからだ。

特に250ccのオフ車となれば、自動車道は風との戦いとなる。
つらい目をし、高い通行料を払い、くたくたに疲れて、
「快適さはどこにー、何のために走っているんじゃー」とつぶやいてしまう。

山口県へ一泊の初ソロキャンプツーリングの日がやってきた。
ひたすら地道を進む。
近所の駅すら新鮮に見えた。
自意識過剰になり、まわりをきょろきょろしながら走行する。

キャンプ道具を満載して、ポコポコと転がる。
地方の人の表情まで読み取りたくなる。
真のツーリング通とは、下道をいくべし。とばかりに走る。

そのうちオフ車の宿命ともいうべし「尻痛」がやってきた。
いくべし。いくべし。と耐える。

山口県の無料キャンプ場に一泊し、翌日に秋芳洞(鍾乳洞)に到着。
観光の後、帰路につく。

そして再び、「尻痛」の旅がはじまる。
自動車道を横目にひたすら下道を進む。

市街地を通過する際は、スタンディングになり町並みをながめる。
(あたかもベテランがごとく)

動いては、とまり、また動く。
中間地点の広島あたりで左手と左足首がつる。

ひたすらいくべし・・・。
動いては、とまり、また動く。
「通は下をいくべし」と・・・・

昼食で休憩する際に下車する。
腕と足をのばすと生き返った気分になる。

しばらくして午後の部に入る。
信号機との対面ツアーが再開する。
体力は消耗して、くたくた・・・
いったいいくつの信号機をくぐったのだろうか。

地元の県に到達し、市に入り、見慣れた景色が目に入りだす。
まるでマラソンの走破前のような気分になり、
沿道の人を眺めてしまう。

自分の街に着いた。
自宅は目と鼻の先。
信号機はあと何個かな。

「最後の信号機」まで来た。
信号機が「おつかれさん」と言っているようだった。
往復800k強の旅が終わった。

今日もまた、その信号機はなにげに点灯している。
「またいくのかい、下道を」と言いたげだった。

中型免許取立ての時期のこと、
これまでの日々を取り返すかのようにツーリングをしていた。
BAJAで日帰りツーリングを連発していた。

わたしには”いつもの場所”がある。日本海(兵庫県竹野町)である。
車が新しくなると必ずそこに行き、写真を撮る。
この度も例にもれず、そこに愛車(BAJA)と共に訪れた。

ゴールデンウィークの好日。ツーリングの得意日だった。
海岸線で休憩していると、オフ車(RAID)の荷物満載ライダーがやってきた。

友人がごとく話しかけてきてくれた。もちろん初対面である。
以前の私なら過去に面識のあった人だろうかと思ったに違いない。
(実はそのときに少し思った)

ツーリングの絶好日。晴れた海岸線。青い海。そして青い空。
気分も爽快。
”バイク人”にあえば、みな友達。いや、みな同志なのだ。と実感した。

しばらくすると更に同志(荷物満載オフ車)が走行してきた。
私に話しかけてきていた彼(RAID)は、「来た来た」と独り言を言いながら、
ピースサインを送った。
すると、「おお、久しぶり」かのごとく、サインを返してくる。

その一部始終を見た私は、彼らも友人どうしかのように見えた。
実際は彼ら同士もまた初対面だった。
つまりその場、その瞬間にいた私を含めた3人は全て初対面だった。
このようなことはあらためていうこともない、今となっては
何の不思議ではないことだが、そのときの私にとっては驚きだった。

共通の志向を持ったもの同士はいいものだなと感じた。

更にひとり(レプリカ)がやって来た。
レプリカとRAIDは知り合いのようだった。

レプリカが去り、私とRAIDも別れのときが来た。
「気をつけて、またどこかで会いましょう」
わたしはあたりさわりのない言葉を吐いた。

するとRAIDはこういった。
「走り続けている限り、どこかで会えますよ」

その時は「そうですね」程度の感想しかなかったが、
いまは、なんと、奥深い表現なのだろうと感じる。

そうです。
走り続けている限り、どこかで、そして、

「いつか会える」と思った。

地元でツーリング中のバイクをみるときがある。
荷台にはキャンプ道具満載である。
そのバイクが市街地の交差点を横切るとき、「街の人」の目には
どのように映るのだろうか。

”たいへんそうだな””どこにテントをはるのかな”、
”重たそうだな””よくやるな”。
私の目には”うらやましい”と映る。

なぜかわからないが、あの大きく重たく見える道具を積んだ姿には、
いつも「いいな~」という感情がおきる。

ツーリングスタイルは様々である。
家と台所(テントと調理道具)一式を持つ人。
調理道具は持たず、宿泊はテント、食事は外食ですます人。
着替え程度を持ち、旅館やホテルで宿泊と食事をする人。
今のところ私はほとんどの場合が、家と台所を持つ人である。

家と台所を持ってツーリングをしていると、「この旅から帰ったら軽装でツーリングをするぞ」
と思う。そして、身軽にツーリングをしている最中に重装備ライダーと遭遇すると、
「いっぱい積んで走りたい」と思う。
無いものねだりのようなものである。

天気のよい日にテントを設営し、荷物を収納する。
ご飯を炊き、めしを食う。上手く炊けたときの喜び。
炊飯ジャーで炊くよりもよっぽどうまい。(家族にはたいへん失礼だが)
自分の鍋なら絶対の自信がある。(失敗してもうまい)

自慢のシュラフに入り「あったかいな~」と感じたときは幸せだなと思う。
鳥のさえずりで目が覚め、朝日に目を細めながら入れたてのコーヒーを飲む。
撤収して走行を開始し、早朝のひやりとした空気の中、次の目的地に向かう。
この走り出しの感覚はなにものにも変えがたい。
最も機嫌のよいときである。

反面、天候が悪い日に雨の中でテントを張り、露骨なまでの雨音を聞きながら
室内ですごすときは、「二度とキャンプツーリングなんかするものか」と愚痴をいう。
心細いものである。

いずれにしても、旅がおわり家庭にもどったときには、家のありがたみがよくわかる。
雨露が防げて、明かり、食事、風呂、布団がある生活が
どんなに快適な環境であるかが身にしみる。

そして、この先いつまで「キャンパー」でいられるものだろうかと思い、
うまく炊けたときの飯の味を思い出して笑みを浮かべた。

ゴアテックス製ウィンタージャケット、綿入りオーバーパンツ、厚手のセーター、ネオプレーン製マスク、
ネオプレーン製スパッツ、ハンドルカバー、グリップウォーマー・・・・
そして、首には特性大型バンダナ。

私が真冬に走る装備である。

これだけの備(そな)えで、やっとまともに走ることができる。
ハンドルカバーに、グリップウォーマーなどは、ズボンにベルトとサスペンダーをしているような
ものだ。(だがこれでもまだ指先が冷たい....)

真冬に自動車道を走行していると、絶好シーズンと比べてあきらかに速度を落として走行している
バイクを見かける。
安全運転に徹しているなら大賛成だが、どう見ても「いくタイプ」だ。
つまり「寒くて速度を落とさざるを得ない」のである。

速度違反を推奨するのではないが、「寒さごとき」にバイクを自由に、軽快にあやつることを
阻害されてたまるか。
だから、ゴアテックスのウィンタージャケットを筆頭に、冬の大装備を装着していざ軽快にバイクを
乗りこなす。あたかも春がごとく。
(それだけ身に着けてなにが軽快かと自分につっこむ)
...........................

ある年の元日、出勤した。
早朝からの出社・・・、つらいものがあった。

あるバイクショップの前で若者が初ツーリングにいくべく集合している。
こちらを一瞥しつつ、「おっ、あいつも初ツーリングか」と視線を感じる。
「初仕事じゃー」と、視線を返す。

日本一の休日はバイパスもことのほかよくすいている。
真冬の大装備のおかげで、「寒さごとき」は敵ではない。
ヘルメットの中を少し涼しげな風(ときおりたいへん冷たい風)が通る以外は、
快適なライディングだ。

前後左右邪魔者なし。
前方はまるで鈴鹿のグランドスタンド前がごとく開けている。
バイクをコントロールする前に、自分をコントロールすることが必要だ。
調子にのりすぎて、自我を忘れてはいけない。

凍る空気のなかを、自分をつつむまわりと共に、前へ前へと進む。
自分だけでなく、もちろんバイクだけでもない。
バイクにまたがっているという景色が移動している。
それをながめている自分がいる。

「やっぱりバイクはいいな~」
冷風ながれるヘルメットの中で、頭に浮かんだ年頭の言葉だった。
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