バイクとバイクツーリングの世界に惹かれた、リターンライダーです。 DUCATI Multistrada 1200

線路沿いの一車線を北へ走る。
早朝のせいでもあるのか、ことのほかよくすいている。

今では珍しくなった型式の電車が走る。鉄道マニアにはレアな存在なのだろうか、
時折、写真を撮っている光景にお目にかかる。
小さな集落をぬけ、再び二車線になる。
しばらくは奔放な気分で走り、西へ線路を渡るとその谷が見えてくる。

国土地理院発行の25000万分の1の地図を買い求めたのは、つい1ヵ月ほど前のことだった。
山の等高線や、標高が詳細にわたって記載されているその地図は、オフロードバイクにでも乗らなかったら、
また、林道ツーリングなるものに興味を示さなかったならば、とんと私には縁のないものだったに違いない。
その地図に走行済の経路をマーカーで塗っている様は、第三者の目にはまるで宝地図を愛でる少年に写ったかも
しれない。

初めて地図を探りながら林に伸びる砂利道を走ったとき、私の心中の天気といえば不穏な雲が張り詰め、
時折、ちらちらと太陽が顔を出している。といったとこでしょうか。

実際の天気は、晴れ。空気までが青く見えるような初夏の好日だった。
進入して行き進路を絶たれると、地図のその場所に日付を記入してその日は終了。
別の日、新たな進入路から挑み、同様に日付を記入してその日の「チャレンジ」は終了。
その繰り返しだった。

チャレンジが数回になったある日のこと、新たな進入路であるその谷を見つけた。
昨夜の雨で湿った土と、左右からまるでトンネルのように覆っている背丈の長い草は、
私の冒険心を若干だが逡巡させた。
轍の有様は、自動車が進入した頻度が「時々」であることをあらわしていた。
手探りの状態でタイヤが地面を転がっていく。

エンジンがオフロードバイク独自の音を発し、その音だけが草の露を震わせている。
地図どおりに進路が分かれていた。選択した路面はだんだんに荒れてきて、ほんの数分の内に私の通れそうな
「道」では無くなった。
注意深く折り返し、先ほどまでの期待と不安の進路は退路となった。
分岐点まで戻るとエンジンを止め、朝露が付いた愛車をカメラに収めた。

「25000万分の1地図の探検」は、できる限りフィルムに焼き付けるようにしていた。
木肌を震わし、虫たちの鳴き声を上書きしていたエンジン音がなくなると、
しばらくの間は透明感のある静寂が続き、
次に、水音、木々の擦れる様子、何かの移動する気配、風、の順に、鼓膜を訪れる。毎回のことである。
2つの意味で胸が高まる時間だ。

再び静寂を破り、両輪がじわじわと土草を踏みしめはじめたときだった。
左後方から、なにかの鳴き声がする。
いや、鳴き声のような音がした。

「ケンケン...ケン...ケンケン...」と。もともと動植物にうとい私には、まったく検討のつかない「問題」だ。
三者択一問題?1.鳥 2.蛙 3.???
せいぜいうかんでも、二者択一。しかも、名前などとんでもない。

やんわりと速度を上げてみる。
「左後方ケンケン音」と私との距離は一定だ。もう少し上げる。
やはり距離は変わらない。
音がついてくる。だんだんと、首筋の後を逆なでされるような興奮を覚えた。

運転操作に対する集中心が途絶えたとき、轍に前輪をすくわれ軽く転倒した。
けたたましく歓迎しない騒音が鳴り響き、数秒後には予定していなかった「中断」が訪れた。
数分前の分岐点とでは異なった種類の静寂が開始した。
もはやあの音は、「左後方ケンケン音」では無くなった。
どちら側から、聞こえてもおかしくない状態になった。いや、「本体」がどちら側に見えてもおかしくない。
というのが正確な表現だろう。だが、本体どころか音さえも無くなった。

いや、もしかするとなにかが鳴っていたが、頭が反応しなかっただけかも知れない。
エンジンにやっとのことで火が入り、草のトンネルから抜け出た。
その間、あの音を感じることは無かった。
民家が目前に見えるまでに来た。
相変わらず、草の露を初夏の日差しが照らしていた午前だった。

数ヵ月後、私の「25000万分の1地図の探検」は続いていた。
ある進路が退路に変わるときに、以前変わらずフィルムに焼き付けいた。
しばしの静寂のあと、鼓膜を訪問する順番が少し異なった。
川音、木々の擦れる様子、次には、飛行機の飛ぶ音がした。
少し間をおき、更に待った.....。しかし、あの森で左後方からついてきた音は聞こえなかった。

次には、虫の鳴き声がする、晩秋だった。

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